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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)10261号 判決 1988年3月31日

原告

日下明

被告

日動火災海上保険株式会社

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する昭和六二年八月二〇日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、被告との間で、昭和六一年四月一八日、次のとおり、自家用自動車総合保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。本件保険契約には、被告は、衝突等の偶然な事故によつて被保険自動車に生じた損害を、被保険者(被保険自動車の所有者)に填補する旨の約定がある。

(一) 保険者 被告

(二) 被保険自動車 原告所有の自家用普通乗用自動車(足立三三つ六二四一号。以下「原告車」という。)

(三) 保険期間 昭和六一年四月一八日から昭和六二年四月一八日まで

2  次の保険事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 日時 昭和六二年二月八日午前〇時四八分

(二) 場所 千葉県市川市大野町二丁目九三二番地付近道路上(以下「本件事故現場」という。)

(三) 事故車 原告車

(四) 右運転者 原告

(五) 態様 原告車がコンクリート製電柱に衝突した。

3  本件事故により原告車は大破し金五〇〇万円相当の損害が生じた。

よつて、原告は、被告に対し、本件保険契約に基づき、保険金五〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六二年八月二〇日からは支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3の事実は否認する。

三  抗弁

1  本件保険契約には、被保険者が酒に酔つて正常な運転ができないおそれがある状態で被保険自動車を運転しているときに生じた損害は填補しない旨の約定がある。

2  原告は、本件事故前に相当量の飲酒をし、その影響により正常な運転ができないおそれがある状態で原告車を運転して本件事故を惹起したものであるから、被告は、右1の約定により免責される。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は認める。

2  同2の事実は否認する。

第三証拠

本件訴訟記録中の証拠目録記載のとおり。

理由

一  請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、抗弁の事実について判断する。

1  抗弁1の事実は当事者間に争いがない。

2  抗弁2の事実について検討するに、成立に争いのない甲第一号証、第二号証の一、二、乙第一号証の二ないし八、一〇、一一、乙第二ないし第七号証及び原告本人尋問の結果(但し、後記措信しない部分を除く。)を総合すると次の事実が認められる。

(一)  本件事故現場付近は幅員約四メートルのアスフアルトで舗装された平坦な道路であり、原告車の進行方向に向かつて緩やかに左方向、次いで右方向に湾曲している。本件事故当時原告車以外の自動車の通行はなく、歩行者もなかつた。

(二)  原告は、本件事故前日の午後八時ころから、パブ「ないすいん」において、友人五人とともにウイスキー(七六〇ミリリツトル入り)二本弱を飲み、本件事故当日の午前〇時ころ同店を出て、原告車を運転してラーメン店に寄り餃子とラーメンを食べ、再び原告車を運転し、ともに飲酒した友人の貝塚恵子外二人を同乗させて引き続き同人らと遊ぶために千葉県市川市大野町二丁目九七六番地の貝塚方に向けて出発した。そして、本件事故現場付近において、原告は、時速約八〇キロメートルの高速度で進行し、前方約六五メートルの地点に対向してくる自転車を発見し、やや減速し同車との衝突を避けるため左に急転把したところ原告車が左側路外に逸脱しそうになり、あわてて右に急転把すると同時に急ブレーキをかけたため、原告車の走行の自由を失わせて左前方に暴走させるに至り、原告車を道路左側に設置されているコンクリート製電柱に衝突させた(本件事故)。

(三)  本件事故当日の午前二時五八分(本件事故から二時間一〇分後)、千葉県市川警察署の司法巡査古川清が北川式検知管法により原告の飲酒検知をしたが、それによると、原告の呼気中アルコール濃度は呼気一ミリリツトルにつき〇・一ミリグラムの値を示した。

以上の事実が認められ、原告本人の供述中右認定に反する部分は措信することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで、前記乙第四号証によれば、北川式検知管法は我が国の警察で飲酒検知の方法として広く行われているが、呼気一ミリリツトルにつき〇・二五ミリグラム以下の低濃度の測定についてはほとんど信頼度が望めない欠点があるとされており、したがつて、右飲酒検知の結果から直ちに本件事故当時における原告の酩酊度を推認することは妥当ではないものと考えられる。(但し、右飲酒検知時において、原告の呼気中アルコール濃度が呼気一ミリリツトルにつき〇・二五ミリグラムに達していなかつたことは明らかである。)

そこで、前認定の原告の飲酒状況についてみるに、原告らはパブ「ないすいん」において総量で少なくとも一〇〇〇ミリリツトル程度のウイスキーを飲酒したものと推認されるところ、原告本人尋問の結果によつても一緒に飲酒した六人中原告の飲酒量は他の五人より少なくなかつたものと認められるから、原告の飲酒量はウイスキー一六〇ミリリツトルを下回ることはないものと認められる。そうすると、右ウイスキー中に含まれるアルコール(比重〇・八)は、ウイスキーのアルコール含有量を四三パーセントとすると約五五グラムとなり、右アルコール量は清酒(アルコール含有量を一六パーセントとして、)二・三合分以上に相当し、少なくない量であるといわざるをえない(比重及びアルコール含有量の各数値は乙第二号証参照)。

次に前認定の本件事故の状況についてみるに、本件事故現場付近の道路は幅員約四メートルと狭く、かつ、左右に湾曲していたにもかかわらず、また、急がなければならない事情もないのに、時速約八〇キロメートルの高速度で進行し、更に前方約六五メートルに自転車を発見した際にも、直ちに急制動の措置をとることなく、やや減速したのみでハンドル操作により同車との衝突を避けようとし、右ハンドル操作にあたつては高速度で進行中であるにもかかわらず急転把するなど、その運転方法は、道路の形状及び状況を無視した極めて危険なものといわなければならず、その運転内容自体から、原告が本件事故当時正常な判断能力及び運動能力を有していなかつたことが推認されるというべきである。

そして、以上の原告の飲酒状況及び本件事故の状況を併せ考えると、前記正常なものとは認めがたい運転内容は、本件事故前に飲酒したアルコールの影響によるものであつたと推認するのが相当である。したがつて、原告は、本件事故当時酒に酔つて正常な運転ができないおそれがある状態で原告車を運転し本件事故に至つたものといわざるをえず、抗弁は理由がある。

三  結論

以上の事実によれば、その余の点につき判断するまでもなく、本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡本岳)

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